東大合格への道

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東大合格のメリット〜誰もが認める文句なしの学歴

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将棋上達への道

受験勉強総論
東大は雲の上の存在か?
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「受験のプロ」になる〜受験生活をマネージメントする能力
「合格」=「受験科目合計合格最低点を超えること」
・「滑り込みセーフ」を狙うことの是非
・第一志望の入試科目・過去問を概観し合格最低点を知る
・自己の実力と相手(第一志望大学)の隔たりを認識する
・目標合計点を定めてから目標点を科目別に定める
・易しい問題に強い人弱い人・難問に強い人弱い人
・大学入試に思考力は必要か?
・受験成功の秘訣は効率よく記憶すること
・参考書・問題集の選び方
・勉強ノートを作るべきか否か?
・人間の記憶の種類とメカニズムを知ることも重要
・反復記憶・復習により長期記憶のストックを増やす
・読む・書く・話す・聞く:どれが効果的か?
・模擬試験の最大活用法:現状把握とインパクト記憶
・モチベーションを維持・向上する方法
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・誰にでもある得意科目と苦手科目
・苦手科目を必ずしも克服する必要はない?
・得意科目を伸ばす勉強法
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東大理系受験総論
・東大入試問題は難しいのか?
・東大理系入試総論
・東大に絶対に受かりたければ東大一本に絞る
・東大入試におけるセンター試験の位置付けと対策
・東大英語の攻略法:国語力が意外に重要
・東大理系数学・合格の目安は?
・東大理系数学・攻略法
・東大物理・攻略法
・東大化学・攻略法

東大コラム
・東大とはどのようなところか?
・駒場キャンパス:若者の街・渋谷・原宿が至近距離
・本郷キャンパス:赤門、三四郎池、安田講堂がある
・東大生の一般的特徴〜多芸で頭の回転が速い
・東大に入った後の勉強
・進振り(進学振り分け)の現実
・東大生家庭教師の時給
・東大に入ることのメリット・デメリット
・これは面白い!東大ローカル用語解説

科目別受験対策法
英語
・受験英語勉強法・総論
・英単語の覚え方
・英文法・語法の攻略方法
・英文和訳〜高得点を稼ぐ和訳のコツ
・英作文〜出題者の意図を把握する
・長文読解〜速さと正確さと
・辞書の活用方法
・センター試験英語の攻略法
・英語が苦手な方へ

数学
・受験数学・総論
・数学の各分野について
(数T、数U(代数幾何・基礎解析)、数V(微分積分、確率・統計))
・数学は暗記科目なのか?考える科目なのか?
・数学の解答に必要な情報は全て問題文に示されている(解けない問題は出題されない)
・センター試験数学の攻略法
・実は最も難しい整数問題、実は最も易しい微分・積分
・天才的な解答が必要とされない理由
・おすすめ参考書(管理人が使った参考書)
「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」という問題
・数学が苦手な方へ

国語
・受験国語・総論
・国語力はその人の学力の最大のバロメーター
・国語を制する者が人生を制する?
・国語の読解力にセンスは必要か?
・現代文・古文・漢文
・センター試験国語の攻略法
・2次試験は志望校の出題形式・出題傾向に合わせて
・国語が苦手な方へ

物理
・受験物理総論・大学受験物理は意外に易しい
・教科書で勉強しない・簡単な例題で公式の使い方を知るべし
・受験物理総論〜力学・熱力学・波動・電磁気学・原子物理
・力学(運動方程式、力の分解、加速度、動/静止摩擦係数、運動量保存の法則、エネルギー保存の法則、振り子・バネの運動) ・熱力学(第1法則、第2法則、状態方程式、空間内の分子の運動)
・波動:波の方程式(開放端・固定端・位相差)・屈折率(屈折の法則)・ドップラー効果
・電磁気(電界(電場)、磁界(磁場)、フレミングの左手の法則、右ネジの法則、コンデンサー、コイル、インピーダンス、オームの法則
・原子物理(運動量と波長の関係、コンプトン効果、α崩壊、β崩壊
・センター試験物理の攻略法
・おすすめ参考書(管理人が使った参考書)
・大学に入ってから物理を専門的に勉強したい方へ
・はみ出しコラム〜東大・理学部物理学科(理物)へ進学して
・物理が苦手な方へ

化学
・受験化学総論・理論化学(計算)・無機化学(暗記)・有機化学(暗記)の3本立て
・周期表の覚え方:Caまで覚えれば十分
・最外殻電子数、共有結合、イオン結合、金属結合、分子間力(ファンデルワールス力)も重要
・理論化学(計算)は難しくない:比例計算に慣れる
@質量、分子量、物質量(モル数)、気体体積の関係を確実に把握する
A気体の状態方程式(PV=nRT)の使い方に慣れる
・無機化学攻略法:化学反応式・金属イオン系統分離等を覚える
・有機化学攻略法:構造決定など典型的な問題をマスターする
・センター試験化学の攻略法
・おすすめ参考書(管理人が使った参考書)
・化学が苦手な方へ

管理人の小中学校の頃の成績
・管理人の小中学校の頃の成績

ここでは管理人の小中学校の頃の成績について述べたいと思います。
「東大卒なのだから、どうせ小中学校の頃の成績はオール5で、ぶっちぎりの学年トップだったんでしょう」 という声が聞こえてきそうですが、実はそうではありませんでした。 小学校時代の僕の成績は平々凡々、低空飛行も低空飛行でした。 小学生時代の僕がその約10年後、東大生になることなど、一体誰が予想できたか、きっと誰一人予想できなかったと思います。 小学生の頃の成績なんて、全くアテになりません。 小学生の頃の成績に一喜一憂するなんて、全く馬鹿げていることがこれを読めば分かると思いますし、 小学生の頃の成績を気にして諦めるのは愚の骨頂です。

管理人のプロフィールのページでも前述したように、 少なくとも僕の小学生時代は、成績は中の上程度でした。 5段階評価で、音楽は評価「5」以外なかったのに対して、主要4科目で評価「5」は全く取れない状況でした。 「それは先生の見る目がないからでは?」という声も聞こえてきそうですが、 学年毎に先生は入れ替わるので、それもないと思います。 主要4科目の成績は基本は「4」ですが、苦手の国語と社会は「3」であることも多く、 平均すると3.6〜3.7程度だったと思います(この数字には何の根拠もないですが)。

自分で言うのもおかしな話ですが、僕は授業の内容は非常によく理解していましたし、 単元ごとのテストでも毎回90点以上、満点も多く取っていました。 しかしこれは非常に易しいテストなので、他の多くの生徒も同じように満点を取ります。 つまり筆記テスト以外で差をつけなければ、評価5が取れないわけです。 そのポイントになるのが、授業中に積極的に手を挙げて発言したかどうかです。これが僕にとって非常に苦手でした。 答えが分かっていても、手を挙げる勇気が出ないのです。 「○○君は大人しいからね。答えが分かっていても積極的に手を挙げて発言しなければポイントにならないよ」 と何度言われたことか。「そんなこと分かってるよ。分かってるけどそういう性格なんだから仕方ないだろ」と心の中で叫んでいました。 そのようなわけで僕は小学生時代、主要4科目に関しては評価「5」とは縁遠かったわけです。

これは隣のクラスの話ですが、国語の時間に「おくびにも出さない」という表現が出てきて、 「おくび」って何のことだと思う?という先生の問いかけに対して、手を挙げた生徒が1人いて、 この人は「あくび」のことだと思います、と答えたという笑い話を又聞きで聞きました。 これはやや極端な例ですが、正解を知っていても挙手しないで黙っている生徒と、 手を挙げて間違ったことを発言する生徒とでは、小学生の頃は後者の方が積極性があってよいということで評価されやすいのです。 同じクラスにも積極的に手を挙げて発言するものの、その多くは的外れという生徒が少なからずいました。 僕が本気で手を挙げて発言したら、きっともっと良い成績が取れるんだろうけど、 これは自分の性格だから仕方ないという諦めの気持ちと、 自分はあの人たちよりも成績は下なのだろうな、授業の内容はよく分かっているのに悔しいなあ、という気持ちが交錯していました。 しかし僕は自分の存在意義は特技のピアノなのだから、それでよいのだという諦めの気持ちが強かったです。 このような状況ですから、僕は成績が今一つであることを悲観するよりも前に、自分では頭が良いと思ったことすら一度もありませんでした。

しかし小学校6年生の時は担任の先生とも相性がよく、ピアノの伴奏などで活躍して一目置かれていたこともあり、 2学期に僕は得意の算数で思い切って発言してみようと勇気を振り絞りました。 小学校6年生になってから、隣町の塾に通い始めていて、学校の授業よりも先に進んでいたこともあり、 特に算数に関しては既に学校の授業は復習としての意味合いしかない、全て分かり切ったことばかりでした。 まさに算数はその時の僕にとって主要4科目の中で最大の得意科目でもありましたし、 挙手する勇気が出ないとは言っても、100%正解と自信がある問題であれば、さすがの僕も挙手する勇気を振り絞ることはできました。 そして周囲の皆が解けない問題でも積極的に手を挙げて次々に正解を発言していきました。 この時の算数の成績は「5」でした。評価5を取るのはこんなにも大変なものなのか、と感じましたが、 小学生時代、国語、算数、理科、社会の4科目で「5」を取ったのは後にも先にもこの1回だけだったことを考えると、 実に感慨深いものがあります。この1回だけでも「5」を取れたのは僕にとって大きな勲章になりました。

中学校入学に向けて、勉強に対する不安は大きくなっていました。主要科目に英語が加わり、算数は数学と名前が変わって、 内容も格段に難しくなるという話を聞き及んでいましたし、「落ちこぼれ」という言葉も当時流用していました。 中学校入学前から、「落ちこぼれにならないように頑張って授業についていかなければ」と 不安と緊張でがちがちになっていたことを昨日のことのように覚えています。 一方で、中学校では1学期に中間テスト、期末テストの2回の大きな試験があり、学年通しの順位が出るようになると聞いて、 やる気が出てきました。 また中学校の成績は中間・期末テストの成績と提出物で主に決まり、授業中の挙手・発言が成績に反映される割合が少なくなるとも聞いたため、 小学校の時よりは良い成績が取れるのではないかという希望を持ちました。

前述したように、僕は小学校6年生の時から隣町の塾に通っていて、国語、数学をメインで勉強していた他、簡単な英語の授業も 受けていたので、学校の授業よりも少し先に進んでいました。中学校に入学してからも同じ塾に通い続け、 そこで学校の授業を先取りして、ややレベルの高い授業を受けていました。 その一方で、学研の「マイコーチ」という教材にも取り組んでいました。この教材は非常によくできていて、 1科目あたり1日に20分程度で終了できるように章立てが工夫されていました。 その章の重要ポイントが分かりやすくまとめられていて、書き込み式で繰り返し記憶の定着を促す構成になっていて、 本当に優れた教材でした。小学生時代の低空飛行から脱出することができたのは、この教材のおかげだと言っても過言ではないほどです。 中学校に入学してから勉強のコツをつかみ始め、通知表にも主要5科目で評価「5」が当然のように並び始めました。 数学ではクラスで唯一の満点、クラスのトップになるなど徐々に開花し始め、成績も学年260人の中で一桁に入るようになりました。 中学校1年生の3学期中間テストでは学年3位となりました。低空飛行の小学生時代に比べたら夢のような大躍進です。 また茨城県の中学校では、新教研テストという茨城県統一の5科目の試験があり、県内順位も出るのですが、 中1の後半に行われたこのテストでは426点で学年6位となりました。
「でも東大に入るような人間にとっては随分お粗末な成績じゃない?」と首を傾げる方もいらっしゃるかもしれませんが、 当時の僕は東大など自分とは縁のない場所だと思っていましたし、これでも低空飛行の小学生時代に比べたら、 かなりの大躍進で、我ながらあっぱれという感覚でした。

中学校2年生の1学期中間テストでは484点で学年第1位にも輝きましたし、 中学校3年生の1学期期末テストでも480点で学年第1位となりました。 茨城県統一の新教研テストは県内の成績優秀者が県内上位200名ほど名前が載るので、 それを目標に頑張っていましたが、僕はイージーミスが結構多い上に国語が苦手ということもあって、 名前が載るには至らない状況でした。 校内では毎回3〜4位には入っていて、その意味では善戦してはいたのですが・・・ 同じ中学校の同学年に毎回1位を連発している女子生徒がいて、いつかこの人を抜いてやると躍起になったこともありますが、 この人は非常に安定して毎回480点以上を連発して、毎回のように県の上位に名前が載っていて、 とても僕がかなうような相手ではありませんでした。 ちなみにこの人はどこの大学に行ったか、全く話が聞こえてこないですが、少なくとも東大には行っていないようです。

最終的には学年で3〜5位というのが僕の定位置で、隣接学区も含めて最も偏差値の高い県立高校に合格するのが最終目標となりました。 当時通っていた隣町の塾でも、その高校への合格者数を1人でも増やすことを至上命題に掲げて、 塾内の精鋭数人を選抜して、中学校3年生の1年間、特別授業するということになりました。 僕は塾内第2位でその特訓教室に入ることとなりました。 ここの塾にもツワモノがいて、塾内第1位はこの人の特等席でした。 茨城県統一の新教研テストでも、中学校の同学年の例の女子生徒同様、480点以上を連発し、毎回名前を載せている人でした。 このようにどのような集団でも上には上がいるものなんですね。僕はどこに行っても1位とは縁が遠いようでした。 ちなみにこの人も東大には進学していないようです。 それだけ東大というのは狭き門なのでしょうね。

中3時代は塾では例のツワモノの彼に次いで僕が第2位で、徐々に失速して最後は5〜6位になってしまいましたが、 目標の県立高校の合格率は80%以上と出ていました。 中学校では学年3〜5位に入っていて、やはり目標の県立高校の合格圏内にはいました。 しかし最後の頃、高校受験のためということで大好きだったピアノを強制的に辞めさせられたことでひどく落ち込み、 プレッシャーや個人的な心境の変化で精神を病んでしまい、最後は例の県立高校の入試の10日前に体調を崩して熱発し、 その熱が全く下がらない中で受験当日を迎えることとなってしまいました。 感触は悪くなかったのですが、例の高校は不合格となりました。

中学校3年生の頃の生活はかなりハードで、塾でも例の県立高校の合格だけでなく、東京の難関私立高校の合格の実績も挙げたいようで、 それに照準を合わせた難易度の高い問題も授業で取り上げていました。 そのようなわけで僕も自然にそれに感化されて、しかもこれだけハードな生活を送った結果が例の県立高校合格だけでは物足りない と思うようになり(このように仕向けるのが塾側の本当の狙いだったのかと思ってしまうほどです)、 東京一の名門とされる開成高校と、早稲田大学高等学院を受験することとなりました。 実はこの頃の僕は早稲田大学を最終目標に掲げていたのですが、それには1つの大きな理由があります。 父親の兄弟の中に早稲田大学理工学部応用物理学科を卒業した秀才がいて、 この人は親戚が集まって酒に酔った席上で、周囲の人たちを「このボンクラが」とバカにしていました。 幼い頃からそういう場面をつぶさに見てきたためか、僕の中では早稲田大学が1つのステータスになっていました。 「早稲田大学に入ることはそんなにエラいことなのか」と思ったわけです。 そのようなわけで、その当時の僕の最終目標は早稲田大学でした。 ちなみに僕は真面目で控えめな性格なので、仮にめでたく早稲田大学に入れたとしても、 「ボンクラ」という言葉はどう逆立ちしても言えなかったと思います。

開成高校と早稲田大学高等学院は、いずれも東京有数の難関高校で、合格できる自信は全くなかったのですが、 過去問で傾向をつかんで、対策を練って試験に臨みました。 しかし結果的にはいずれも不合格となりました。

最終的に合格したのは2校で、いずれも茨城県南の私立高校で学力特待での合格でした。 一方は3年間、生徒会費以外全額免除という特典付き、もう一方は当面1年間の生徒会費以外の全額免除です。 後者はさらに総合成績が学年45位以内に入っていれば、次年次の授業料その他費用が免除になるという制度でした。 学力毎にT〜V類に区分けされていて、僕は最も高いV類でした。ちなみにV塁の平均偏差値は70と言われていました。 この中で150人以上の中でその年度の総合成績で45位以内に入れれば、次年次の授業料その他費用が免除になるというわけです。 それでも僕は何故かそこに入れる自信満々だったので、この2つの高校の特典は僕にとって似たようなものでした。 従って、あとはそれ以外の要素が選択基準となりました。 前者の高校は前年度実績、東大ゼロ、早稲田大学ゼロ、慶応大学ゼロ、 後者の高校は初めての東大合格者が出た他、早稲田大学6人(慶応大学合格者数は失念)でした。 この高校に入れば、東大合格も夢ではないのか、ということもちらっと意識した記憶があります。 そのようなわけで僕は後者の高校を選びました。

この高校に入学すると、毎日放課後学校に軟禁されて勉強させられる、人間的な生活が奪われるという話は聞き及んでいましたが、 高々3年間ですし、僕には選択の余地は残されていませんでした。 そのようなわけで、僕は「飛んで火にいる夏の虫」のように、自らの意思でいばらの道を選択したわけです。

僕自身の人生を俯瞰すると、この選択が間違っていた可能性も高いですが、純粋に学歴の点に限って言えば、結果的にこの選択により、 東大に大きく近づいたことは間違いありませんでした。 中学生時代、常に僕の上にいた学年トップの学校や塾の上位1位のツワモノも、それ以外の人たちも誰一人手が届かなかった 東京大学というブランドに到達できたのは、僕の知る限り僕だけでした。 何故、僕だけがこの異次元の高みに到達できたのか、それはこのサイトを読めば分かるように書いていくつもりです。

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